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広島高等裁判所 昭和26年(う)760号 判決

控訴人 被告人 大草シヲ

弁護人 森山喜六

検察官 杉本伊代太関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人森山喜六の控訴の趣意は末尾に添えた書面記載のとおりである。

論旨第一点について

貸金業等の取締に関する法律第二条第二項第四条第二項第五条によれば、この法律施行後は何人といえども大蔵大臣から届出受理書の交付を受けなければ貸金業を行うことができないことを原則とし、只例外として同法附則第二項第三項によつて本法施行の際現に貸金業を行つている者に対しては法施行後三月以内に所定の届書を提出することを求め、この届出に対しては同法第四条による大蔵大臣の受理不受理の処分があるのであるから、その処分の日迄は前記届出受理書がなくても貸金業を行うことを認めたものであつて、所論のように本法施行の際貸金業を行う者に対し広く三月間の例外を認めたものではない。換言すれば同法附則第三項に「前項に規定する者」とは単にこの法律施行の際現に貸金業を行つている者をいうのではなくその者のうち附則第二項の届出をした者を指すと解すべきである。而して被告人は所論のように本法施行の際現に貸金業を行つていた者であるが附則第二項の期間内に届出をしなかつたものであるから被告人に対しては附則第三項所定の特例を認めることができない。所論はこれと異る見解に基いて原判決を攻撃するものであつて採用の限りでない。

論旨第二点第五点について

所論山元高夫に対する貸金、太刀掛竹清に対する各貸金も原判決挙示の証拠によりこれを認めることができ、訴訟記録及び原審において取り調べた証拠を精査しても原審の認定に誤認があるとは認められない。論旨は原審がとらなかつた証拠に基き原判決を攻撃するものであつて理由がない。

論旨第三点について

貸金業等の取締に関する法律第十八条第一号違反の罪は大蔵大臣に貸金業の届出をなしこれが届出受理書の交付を受けた者以外の者が業として金銭の貸付又は金銭貸借の媒介をすることによつて成立しその利息右しくは報酬の如何は犯罪の成立には何等消長を及ぼさないと解すべきである。それ故原判決別表ト記載の貸金の利息が月一割であるのに、月一割五分と判示したとしても右は犯罪構成要件それ自体ではなく、又右誤認は本件においては判決に影響を及ぼさないといわねばならない。論旨は理由がない。

論旨第四点について。

原判決別表二中藤田トシミに対し(ヘ)に昭和二十四年十一月三日頃金一万円、(リ)に同年十二月四日頃金一万円、(ヨ)に昭和二十五年三月二日頃金六千円貸付けた旨判示していること所論のとおりであるけれども右(リ)(ヨ)の貸付金が従前の貸金証書を書替えたものであつたとしても、法律上は独立別個の貸付金となるのであるから、原審が各別に貸付金と判示したのは相当であつて、所論のような事実の誤認ではない。論旨は理由がない。

論旨第六点について

訴訟記録を精査し、所論を検討し、その他諸般の事情を考察するに原判決が原判示事実につき、被告人に罰金二万円を科したことは相当であつて、量刑重きに過ぐるものとは認められない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則つて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 伏見正保 判事 大賀遼作 判事 小竹正)

弁護人森山喜六の控訴趣意

一、原判決は其理由中に被告人大草シヲは貸金業者でないのに別紙第二表記載の通り昭和二十四年九月初頃から昭和二十五年四月五日頃迄の間に十六回に亘り同被告人の肩書居宅において山元高夫外六名の各人に対し合計金十八万五千五百円を貸付け以て貸金業を為したものであると判示し而して其別紙第二表中に昭和二十四年九月初頃山元高夫に金二万円同月三日頃藤田トシミに金四千円同月十日頃同人に金三千円を各貸付けた旨の記載があるのである。

被告人大草シヲは貸金業等の取締に関する法律施行当時貸金業を行つて居たものである。即ち同人の司法巡査兼重勝明に対する被疑者供述調書(第一回)中に(訴訟記録第一四七丁)「私は七年前頃から胃病で一年半位岩国市大字今津中央病院に入院して居りましたので近所の人から世話になり其の人々から弍拾円から百円位までの金を貸して呉れと頼まれて融通して居りましたが三年位前頃から人が金を貸して呉れと云う金高が大きくなつたので自分にはないので人から借りて来て融通して居りました。昨年八月今津の太刀掛ソノエさんに五千円の融通を頼まれ神中さんに金を借りて貸しましたが其の後他の人が来て頼まれますので神中さんに借りては貸して居りました。申し遅れましたが其の外一昨年末頃岩国市大字今津堀田節子さんより一万七千円を三回に預り月一割で人に貸して呉れと頼まれそれを人に貸していましたがそういうことをしてだんだん大きな金高を扱う様になりました」とあり被告人の司法警察員若村月人に対する被疑者供述調書(第二回)中に(記録第一五九丁)「岩国市今津太刀掛竹清さん太刀掛ソノエさんえ神中順祐さんの金を(中略)私が仲介して貸しました」とあり被告人の検察官に対する供述調書中(記録第一六五丁)「昭和二十四年七月頃千円と四千円八月頃二千円四千円七千円(中略)を藤田トシ子に私方で貸しました(中略)昭和二十四年七月頃一万五千円、八月頃一万円(中略)を太刀掛さんの主人に貸す世話をしました」とあり太刀掛マサルの検察官に対する供述調書中(記録第三六丁)「私は昭和二十四年四月六日大草シゲ子方で同人から一万円を利子月一割五分で借りました(中略)私は昭和二十四年七月六日大草シゲ子方で同人から一万五千円を夫名義で借りました利子は月一割五分で期限の定めはありませんでした昭和二十四年五月二日岩男名義で大草シゲ子方で同人から金六千円を借りました利子は月一割五分で期限の定めはありませんでした。昭和二十四年八月十八日大草シゲ子方で同人から私名義で金一万円を借りました。利子は月一割五分で期限の定めはありませんでした」とあり原審第三回公判に於て証人太刀掛竹清が(記録第二八丁)裁判官の「最初に借りたのは何時か」との問に対し「昭和二十四年の五、六月頃でしよう」と答えて居ること等によつて明かなる如く昭和二十四年四月頃以降貸金業等の取締に関する法律施行当時も事実上貸金業を為して居たものである。

右の如く貸金業等の取締に関する法律施行の際現に貸金業を行つて居た者は同法附則第二項の規定により同法施行後三月以内に大蔵大臣に届出を為すべきものであつて被告人としては昭和二十四年九月二十九日迄に同法第三条の規定により届出書を大蔵大臣に提出しなければならなかつたのであるが該法律の公布せられて居ることすら知らずして其届出期間を経過したものである。しかし右届出期間内は従前より貸金業を行つて居たものは之を経続し其間に於て各自方針を決定して将来該事業を行わんとするものは届出を為すべく之を廃業せんとするものは届出を為さずして終ることを認められたものであつて昭和二十四年九月二十九日迄に届出書を提出しなかつたものに対し遡つて処罰せらるるの法意でないことは附則第二項第三項の規定によつて自ら明かである。(起訴状に公訴事実中「大蔵大臣に届出を為さずして」貸金業を為した旨の記載あるは被告人が貸金業等の取締に関する法律施行当時現に貸金業を為して居たものであることを前提としたものであるかと推測せられる。

原判決が前記の事由について調査することなく昭和二十四年九月初頃より貸金業を為した旨を判示したのは審理不尽と謂うべく昭和二十四年九月中山元高夫藤田トシミに貸付けた行為については当然無罪の判断あるべきものなるに有罪の裁判を下されたのは法令の適用を誤りたるものであつて到底破毀を免れないものである。

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